2022.06.11
不便という価値|クリエイト|笑彩風
自社のお仕事とは別に
放課後等デイサービスでのスタッフとして子供たちに関わらせていただいています。
子どもたちとの関わりから、いつもたくさんの気づきを貰っているのです
今、周りを見渡すと自分たちが子供の頃に比べて
色々なことが便利になっていますよね
・遊び
・移動
・連絡手段
・学習
などなど
と同時に、不便であることに不満を感じやすくなっているのではないでしょうか?
これは、子どもに限らず大人も同じだと感じています。
私たちが子供のころ、
友人と連絡を取るには、固定電話に電話をかけたり、手紙を使ったり
待ち合わせもドキドキしていました
今はどうでしょう?
電話は、本人にかけることができ
文字のやり取りはSNSで、既読がつかないことや、既読がついても返事が来ないことにイライラ
待ち合わせも、すぐに連絡を取り合えるので会えないということもないでしょう
便利なった反面、不便への寛容さが少なくなったのではないでしょうか?
そのことは、結果的に人間関係への寛容さにも影響を与えていると思います
話を戻しますが、放課後等デイサービスの子どもたちと、地元の公民館で体育館がある場所に遊びに行きました。
教室から持っていたものは
・カプラ
・新聞紙
・竹とんぼ
・荷造りの紐
体育館にあったのは
・卓球台(使えるピン球はなし)
・バランスボール 2個
・空気の抜けかけたボール 2個
・テニスボールサイズのボール 1個
さて、これだけのものを使って約2時間半
そのように過ごしたでしょうか?
現代のこども達なので、ゲーム機が大好きです
でも、これだけのものを使い、
「つまんない」
の言葉もなく遊び続けることが出来ました
まさに、不便の価値がココにあるのだと思います
遊び方が決まったものを準備する事も大切ですが、
今目の前にあるものを使っていかに遊ぶか?
これはクリエイトする力が育つ瞬間でした
新聞紙を使い走り回ったり
バランスボールで大玉転がしみたいな競争をしたり
ピン球がなくても卓球ぽい遊びをしたり
正解のない遊びを沢山作り出していました
これは、不完全だからこそ生まれた遊び
この経験は
不便や納得のいかない状況に直面しても
今、そこで出来ることを考える力や視点に繋がると信じています
私たち大人も
今おかれている状況に
ただただ、不平不満を言うのではなく、
その中でどうすればよいか?
を考えられると、
完璧でないことへの寛容さが育つのではないでしょうか。
不便も見方を変えるととてつもない可能性の塊なんですね
そんなことを教えてくれた、子どもたちとの時間でした